【市川・本八幡駅すぐのジム】ロッキー・バルボアなんて大嫌いだ!

2019/10/09
ロゴ

【市川・本八幡駅すぐのジム】ロッキー・バルボアなんて大嫌いだ!

 

ボクシングの仕事をしていると「ロッキー」が好きな方によく出会う。

 

もちろん、この場合の「ロッキー」は実在したボクサー「ロッキー・マルシアノ」ではなく、映画スター「シルヴェスター・スタローン」が落ちぶれたボクサー「ロッキー・バルボア」を演じた名作ボクシング映画「ロッキー」のことである。

 

ボクシングに初挑戦!
ルールもよくわからないけれど、運動を始めたい!
という方も「ロッキー」なら知っている。
シングルエンドのパンチングボールも「ロッキーもやってましたよね!」となる。

 

それくらい「ロッキー」の知名度は高い。
みんな知っているし、多くの人に愛されている。

 

何を隠そう筆者は映画ファンである。
もっと言えば映画マニアである。
(ちなみに、最も好きな映画監督は黒澤明!)

 

そんな映画マニアとしての私も「ロッキー」は大好きだ。

 

ここで「ロッキー」のあらすじをおさらいしておこう。
往年の名画だからネタバレも平気だと思うが未見の方はご注意を!
(とはいえ、何度見ても良い名作なので魅力は損なわれない!)

 

 

 

'70年代、アメリカ。
旬も過ぎ落ちぶれてしまったプロボクサー「ロッキー・バルボア」は本業のボクシングではなく借金取りなんぞをしながら、くすぶり続ける日々を送っていた。

 

彼には愛する恋人がいる。内気なエイドリアンである。
いまでいうコミュ障な彼女と陽気で明るいロッキーという凸凹カップルだが、ふたりとも自分自身に自信がないところが似ているのだ。
ロッキーの心の奥底にはボクサーとしての誇りがあり、チンピラ同然の現状に悩んでいるのだった。

 

そんなあるとき、ロッキーに試合の話が舞い込む。
それも、世界チャンピオンのアポロ・クリードに挑めるビッグチャンス!
対戦相手の見つからない王者アポロが、話題性だけを狙って、無名のロッキーを名指しした。
とはいえ、実力勝負のプロボクシング。
ロッキーだって勝ってしまえば一躍チャンピオンとしてヒーローになれる。

 

だが、ロッキーにだってわかっている。
勝つほどの実力はない。
世間だって当て馬だと思っている。
だからといって、逃げ出したくはない。
ボクサーとして、人として、ロッキーにも誇りはあるのだ。

 

ロッキーはエイドリアンに言った。
全ラウンド戦い抜き、それでもリングの上に立っていられたら、俺はチンピラじゃない、と。
勝ち負けでなく、戦い抜くことで自分自身を証明するのだ、と。

 

試合はやはり王者アポロ優勢!
だが、いくら打たれてもロッキーはノックダウンされない!
冷ややかだった観客も大興奮!
最終ラウンドまで戦い抜き、勝敗は判定へ!
勝者はアポロ・クリード!
しかし、会場は敢闘したロッキーを讃える!

 

そして、駆け寄ったエイドリアンとロッキーは互いに抱き合うのだった!

 

 

 

感動である。
名作である。
何度観て、何度泣いたことか。

 

スタローン自ら執筆した脚本も素晴らしい。
ここでは端折ったが、エイドリアンの兄で愛嬌あるダメ男のポーリーや、老トレーナーのミッキー、貸元のガッツォなど、仲間たちの愛すべき姿。

 

映像演出も最高なのだ。
舞台となったフィラデルフィアの街並みの中をロッキーがロードワークするシーンなど、澄んだ朝霧の匂いすらするようだ。
トレーナーのミッキーと大喧嘩したあと、立ち去る小さな背中を追っかけて仲直りするセリフをあえて聞かせないなど、名シーンにもほどがある。

 

また、低予算映画ならではの臨場感。作り物でないリアリティ。
役者として、ロッキーのようにくすぶっていたスタローンが、自作したこの物語に、ロッキーというキャラクターに込めた想い。

 

そういった本気が、この素晴らしい名画にはあふれている。

 

では、改めて、今度は映画マニアではなく、ボクシング関係者として言おう。

 

筆者はこの映画が、ロッキーが、大嫌いである!!!!!!!

 

なにも、玄人ととしてフィクションが気に入らないというわけではない。
フィクションはフィクションとして割り切ることくらいできる。

 

確かに、スタローンは決してボクシングが上手ではない。
むしろ、へたっぴだとも思う。
だが、ロッキーは強いボクサーではなのだから、それもいい演出だろう。

 

なにが、嫌いか?

 

打たれても打たれても立ち上がり、負けてもいいから最後まで戦い抜く。
かっこいいのはわかる。
観客として観れば、それによって自己を証明するテーマは大感動だ。

 

だけど、それは、現実には、とてつもなく危険なのだ。

 

フィクションだから「命懸け」などと言えるのだ。
現実に命を懸けさせて、大きなリスクに足を踏み入れてはいけない。

 

選手が命懸けの試合をするのがプロボクシングの醍醐味なのは間違いない。
しかし、それでも彼らを死なせないために、レフェリーがいて、ジャッジがいて、ドクターがいて、インスペクターがいて、スーパーバイザーがいて、セコンドがいる。

 

プロボクシング歴50年のレイスポーツボクシングジム会長、佐藤達雄は我々セコンドの目的をこう言う。
「勝たせるためじゃない。五体満足で愛する人たちのもとへ帰すためだ」と。

 

だから、私も誤解を恐れずに、大好きな名作映画に対して「大嫌いだ」と言ってしまう。
実際、続編の「ロッキー2」では、愛する妻エイドリアンがアポロとの再戦に反対するシーンがある。
そりゃそうだ。
(もちろん、出産で倒れたエイドリアンが意識を取り戻して「勝って」とお願いするところなんて名シーンではあるけれども!)

 

改めて、何度でも言おう!
映画として素晴らしくとも、プロとして、ロッキーなんて大嫌いだ!

 

しかも、続編の「ロッキー4」なんて駄作もいいとこだったじゃないか!!!!
(ちがう、今回はそういう話じゃない!)

 

 

 

なお、私は映画マニアとしてマカロニ・ウエスタン時代から出演も監督もクリント・イーストウッド作品はどれも大好きなのだが「ミリオンダラー・ベイビー」だけはつらすぎて途中から観られなくなったことも付記して筆を置きます。